妊活をはじめて一番つらかった時期とそれを乗り越えるきっかけとなった2つのこと

一番つらかった時期

妊活開始後から今までの6年半を振り返ってみて・・・一番辛かったのは、胚盤胞移植3回目が終了して結局一度もかすりもしなかったとき。

何度移植しても全く妊娠しなくて、どうやら自分は普通の体ではないらしいということに気づき始めた頃でした。

学生時代はどちらかというと優等生タイプ。

結婚も早すぎず遅すぎずの29歳。

普通に頑張ればだいたいみんなできることが、どんなに頑張ってもできない、という経験は初めてで。

頭ではかなり厳しい状況だと理解しているのに、心では全く受け入れられない。

そんな状況でした。

毎日辛くて辛くて、ただただ泣いて過ごす日々。

でもそんな毎日も嫌になってしまって、どうすれば楽になれるのか?を真剣に考えました。

そして思いついた解決法はこの2つ。

  1. 妊娠・出産する
  2. 不妊を受け入れられるようになる

1を目指して治療は続けつつ、不妊を受け入れるきっかけを探し始めました。



不妊を受け入れるきっかけ

こんな風に生きたいと思える人を見つけたこと

不妊を受け入れる

言うのは簡単だけど、実際に何をどうすればいいのか?

私はひとまず、不妊を公表している芸能人の本やインタビュー、ブログなどを読み漁りました。

ですが、正直なところ、ピンとくるものは少なかったです。

書いてあることがポジティブすぎて、私はこんな風に思えないや・・・と感じたり、

最終的にうまくいったから言えるんでしょ?

子どもを授からないまま、今この瞬間を迎えていたとしても、同じこと言える?

などと、ひねくれた捉え方をしてしまって。

反対に、子どもを授からずに妊活卒業したパターンだと、年齢的に受け入れざるを得なかったというのが大きくて、当時30代前半だった私には響きませんでした。

そんな中でいちばん影響を受けたのは、不妊でも芸能人でもない山下弘子さんという女性。

アフラックのCMに出演されていたので、ご存知の方もいるかもしれません。

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今を生きる - 〜山下弘子のほのぼの日常〜
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今を生きる

19歳で余命宣告後、最新医療にどんどん挑戦して、ガンと全力で戦いながら、治療の合間には海外旅行に行ったりしてイキイキと暮らしてらっしゃる方です。

子どもができなくてつらい、悲しい、友だちが羨ましい、なんで私なの、どうしてなんで、と、泣いて過ごしている自分の時間、もしかしてすごくもったいないことしているのかも。

私もこんな風に生きたいな、と思わせてくれる存在になりました。

夫婦の時間を充実させたこと

こんな風に生きたい、というイメージを具体的に持てたことで、考え方の軸ができて少し楽になりました。

それでも、いきなりバーン!!と何かがひらけたわけではなく、毎月陰性判定を受けては落ち込み、なんとか気持ちを立て直す、その繰り返しの中で徐々に受け入れていった感じでした。

この感覚はきっと、妊娠・出産するか、死ぬまでずっとあるのだろうなーっと思っています。

さて。
さらなる転機だったなと思う出来事が、2015年GWの沖縄旅行です。

もともと、旅行が唯一の夫婦共通の趣味みたいな感じだったのに、体外受精を始めてから沖縄旅行までの2年間、まともに旅行に行っていませんでした。

スケジュールとかお金とか、行けない理由は色々あるけど、しばらく控えようと話し合ったわけではなく、そういう話が全然出てこなかったんです。

最後の砦と期待していた体外受精に、毎回毎回打ちのめされて、夫婦ともに精神的な余裕がなかったんだと思います。

久しぶりにふたりで飛行機に乗って、見慣れない景色を見て、食べなれない物を食べて、すごくすごく楽しくて、こうやって夫婦ふたりで暮らしていくのも悪くないなぁと自然に思えました。

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